今も仮面を被っている。取るつもりもない。
これはテックリードとして過ごした3年間の話だ。戦術の話ではない。孤独と、仮面と、それでも続けた理由の話だ。
「まあそうだろうな、他にいないし」
システムローンチの直後、ベンダーの担当者にこう言われた。「これからはあなたが技術責任者で」。
内心は「まあそうだろうな、他にいないし」だった。
部署で実務経験があるのは自分だけだった。それも独学のみ。プログラミングの実務経験はゼロのまま技術責任者になった。AWSという名前は聞いたことがある、何をするサービスかは知らない、そんな状態だった。
仮面を被ることを覚えた
任命された日から、ひとつのことだけを意識した。絶対に慌てない。外には出さない。
若手だらけのチームで自分がオタオタしたら、チームだけでなく会社全体が不安になる。そう思った。
ベンダーの担当者に、あるとき言われた言葉が今も残っている。「パニクらないのはエンジニアとして良いことだ」と。自分ではそれを意識的にやっていたつもりだったが、外からはそう見えていたらしい。
全員を騙し通した。みんなの安定のために、仮面を被った。
孤独は、エラーより重かった
1年目は吸収するだけでよかった。ベンダーのチームの中で、ひたすら学ぶだけでいい時期だった。
転機は2年目だ。ベンダーが「何かあれば口を出す」見守り役になり、自分たちだけでミーティングを開き、自分たちだけで結論を出すようになった。当時はそれが「普通のこと」に感じた。今思えば、あれが転換点だった。
そしてベンダーとの関係が終わった。最後の引き継ぎはあっさりしていた。「お疲れ様でした」で、急にいなくなった感じ。残ったのは「これから大丈夫かな」という不安だけだった。
本格的な孤独が始まった。
誰も同じレベルで話せない。わからないことが出ても、聞ける相手がいない。日付が変わってもオフィスに一人残り、エラーを直し、また別のエラーが出て、また直す。2時になる夜もあった。
しんどかったのは技術的な問題じゃない。大変さをわかってくれる人間がいないという事実が、一番きつかった。孤独は、エラーより重かった。
心が折れた日
3年目に入って、両輪だった人間が辞めることになった。
画面設計、資料作成、要望整理——自分が技術を担う間、その人が運用面を全て回してくれていた。家庭の事情で通えなくなるということだった。リモートへの切り替えを会社に進言した。全く取り合ってもらえなかった。
いよいよ一人で部署の全てを管理することになる、そのタイミングで、人事部長からこう言われた。「経験者を採用するとあなたより給料が高くなるけどいい?」
なんの配慮もない会社なら、自分も辞めてやると思った。
その日の夜、全く関係のない同僚に話した。詳細まで全部。仮面を被っていない自分の言葉で。
翌朝、また仮面を被って出社した。何事もなかったように。
AIが、最初の「同じレベルで話せる相手」になった
孤独の3年間で、唯一変わったことがある。AIだ。
最初にCursorを使ったとき、コードを自動で書いてくれることに感動した。でもそれ以上に感動したのは、実装の相談を受け付けてくれたことだった。
検索は、世界中の言葉の中から関連するものをヒットさせる。でもAIは違う。自分の頭の中にある断片的な知識を、1本のフローに整理してくれた。「自分が何を考えているのか」を言語化してくれた。
3年間、誰にもできなかったことを、AIがやってくれた。
両輪だった人が抜けた後も、設計の壁打ち、資料作成、開発の相談——AIがいることで、なんとか回っている。「乗り切っている」と言えるのは、AIのおかげでもある。
仮面は、今も被り続けている
あれから月日が経った今も、仮面は被り続けている。
取るつもりはない。責任者としてのスタンスとして、これは変えない。何事もなかったように振る舞うこと——それが自分の役割だと思っている。
ただ、3年前と一つだけ違うことがある。相談できる相手が、できた。
戦術的なテックリードの話はこちら: テックリード就任最初の90日でやったこと