最初は個人アカウントで、こっそり使っていた。
会社の承認も取っていない。誰にも言っていない。ただ、これはすごいと思ったから、自分の仕事で試し続けた。
個人アカウントで試した夜
最初に感動したのはコーディングの精度と速さだった。自分が書こうとしていたコードが、ほぼそのまま出てくる。しかも速い。
それ以上に刺さったのが、資料作成だった。新案件のドキュメントを作るとき、プロジェクト機能に背景情報を入れると、叩き台が爆速で出てくる。「自分の断片的な知識を1本のフローに整理してくれる」感覚——これが、自分にとっての革命だった。
孤独な作業の中で、初めて「相談できる相手」ができた気がした。
部下に「使え」と言ったとき
しばらく一人で使い続けた後、チームに広めることにした。
反応は及び腰だった。その中で一人、こう言ってきた部下がいた。
「なるべくAIは使わず、自分の力でやりたいと思っています。」
力強い言葉だった。気持ちもわかる。でも自分はこう返した。
「AIはツールだ。だったら誰よりも使いこなせ。」
ハンマーを使うことで大工の技術は落ちない。道具を使いこなすこと自体が、技術だ。
本部長がモンスターになった
上層部への展開は、想定外の方向に転がった。
本部長がAIを使い始めた途端、止まらなくなった。LP、社内ツール、営業資料——次々と作り始め、「トークン容量が足りない」と言い出した。他の部署の部長たちに自慢しまくっていた。「これはすごいぞ」と。
まるでおもちゃを与えられた子供のようだった。
部長たちはついていけていなさそうだった。本部長だけが熱に浮かされたように「これからはAIだ」と繰り返している。
自分はその様子を少し引いて見ていた。AIに囚われた悲しきモンスター、と心の中で思った。
上澄みをすくうのと、底を知るのは違う
なぜそう見えたか、と考えた。
本部長は、AIの「いいところの上澄み」をすくっている。速い、便利、なんでも作れる——その感動だけで動いている。
自分はすでに、落とし穴も踏んでいた。自信満々で出てくる誤った情報、コンテキストを外れたときの的外れな回答、判断を委ねすぎたときの後悔。便利さの裏にある限界値を、使い続ける中で身体で覚えていた。
AIの限界値を知っている人間だけが、ツールとして使いこなせる。
感動したまま止まらない人間は、ツールに使われる側になる。
3人のAIとの向き合い方
振り返ると、社内に3つのタイプが生まれた。
- 使わない部下:自分の力でやりたい。純粋だが、道具を持たない職人
- 取り憑かれた本部長:上澄みの便利さに夢中。限界値を知らない
- 自分:こっそり使い始め、落とし穴を踏み、今もツールとして使い続けている
どれが正解かは言わない。ただ、自分が目指しているのは「AIに使われない人間」でいることだ。
AIは、自分の思考の質以上のものは出してくれない。結局、使う人間の解像度がそのまま出力される。だから、AIを使いこなすより先に、自分の頭を鍛えることの方が大事だと今は思っている。